『何を論じようと生かされていることに変わりはありません』

人の人生で知り得る知識には限りがあり

地球の歴史については推し量るにとどまり

宇宙の歴史についてはそのほとんどを

知り得ていないのが事実と言えるのかもしれません。


それなのに知っていることを前面に押し出し

知らないことすら知らないという事実を

恥ずかしくも思えないのが恥ずかしいと感じます。


朝と夜で生活を分け

摂ることのできる食物を口にし

あるのが当たり前と感じてしまう

空気と水をそれも当たり前のように摂取し

一人では生まれ得ない自分という存在を

時に誇示し時に反発や疑念を他に向ける。


全て当たり前のように感じるお膳立てに

何もかもが救われ何もかもに養われ

何もかもに生かされているのにも気付かない。


我々は当たり前と思えるものに感謝し

また考えも付かない知り得ないものにさえ

支えられているという事実にも

敬意を表せなければならないでしょう。


自然それは摂理とも言います。


奇跡でも偶然でもないお膳立てされた恩恵は

あなたの今までの人生の一分一秒でさえ

見逃していないことをまず理解されると共に

これからの人生も何ら変わりなく

関わり続けてくることをまず理解されましょう。


理想論とも哲学とも考えておりません。

ただただ事実でしかないと受け入れております。



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